道着姿で頭上へかかげた手のひら。
よくよく見れば、長尺の棒がバトンのように
そのすぐ下の手首に沿うてぐるぐると旋回していて、
ここぞという長さのところでがっちり掴むと
そのまま 切っ先がぶんっと力強く宙を切っての振り抜かれている。
淡色のサラサラな髪が軽やかな所作に沿うて踊るように跳ねるのが、
物騒な殺陣にはややもすると似合わぬかもしれぬが、
舞のような鮮やかさにはむしろ花を添えているばかりで、
「棒術も身につけたんだねぇ。」
「槍はまだ、重心をとるのが難しいとか言ってたがな。」
何せ先端には鋭利な刃物がくっついていて、しかも金属なだけに重心が微妙。
どちらかといや自身の手足を武器とする格闘のほうが得手だと言っていたのに、
模造刀や長棒とはいえ、始めて数日でああも鮮やかに操っているのだから、吸収力が半端じゃあない。
武道には縁がなかったと言っていたが、身ごなしが軽いし、格闘のほうはそれなりに学んでいるところ。
なので、その延長という感覚で吸収出来ているのだろう。
まだまだ幼く、どちらかといや愛らしい面差しの子だが、
ご当人はヒーローものや活劇大好きだというから、好んで学んでいる分、身につくのも早い。
此度関わる役は、様々な術式というものを繰り広げもするので、
形式や型に沿う格好で学ぶ武道も勉強中ならしく、
「熱心だねぇ。」
「基本からあれこれ学べる若さはうらやましいよ。」
しかも素直に教えを乞うものだから、どの指導員からも可愛がられており、
伸びしろの多い身、どれほど達者になることかと微笑ましく見守る大人たちな模様。
“いや、これってドラマの撮影なんでしょうにねぇ。”
◇◇
それぞれがそれぞれに、舞台で映画で知名度もそれなりにある俳優として活躍する身。
とはいえ、だからと言って総ての彼らが双方向で知己同士であろうはずもなく。
お互いに名前やお顔は知っていたけれど、
知っている“あのお人”と同じだなぁという感覚でもあったれど。
直接にはまだ逢ったことのない相手へ“記憶持ちの転生者ですか?”なんて訊けるはずもなく。
こんな立場の人間なんてそうはいないんだと自己完結して諦めかかっていたところ、
ひょんな出会いが巡り来て、
お互いが前世の記憶を持っている生まれ変わりだというの
確認し合えた中原中也さんと芥川龍之介くんだったりし。
そんな特殊な身の上、理解者がいたことへの安堵やら回顧やらの感慨もひとしおだったところへ、
ふと…やや悩ましいお顔になった中也さんが持ち掛けたのが、
そんな出会いの切っ掛けとなった、とある少年に関してのことだった。
「俺としては、昔のあいつを知ってるもんだから、
ああ、あんときと何もかも同じだなって感じで居たんだが。」
異能という不思議な能力が、限られた人々に宿っていたという微妙な前世。
そこでも知己だったのが、彼らの再会の切っ掛けになった中島敦という少年で。
彼もまた異能を持っていたのがある意味“縁”のようなもの、
様々な騒動に巻き込まれ、巨悪との戦いにも駆り出された…が、それはさておいて。
すぎるくらいの世間知らずで、根本的なところで性善説派。
臆病者だし、及び腰なところに目を付けられちゃあ酷い目にばかり遭ってたくせに、
それでもついつい人を信じる困った子で。
馴染みになってしまうと、そこが歯がゆくてならなくて。
人を信じて優しくするのは、当たりはずれがありすぎるから、
もうもう俺だけにしとけとどれほど思ったか知れぬ。
そんなだった彼のまんまで再会した今生の敦はといえば、
普通の家庭に生まれ落ちたというからそのせいもあるのだろう、
やはりというか性懲りもなしというか、
無邪気なまでに無垢なまんまでおり。
あのたいそう危険だったヨコハマに比べれば、まだ多少はましかも知れぬが、
それでも油断は禁物な業界だけに、
誰にどう付け込まれるかも判ったものじゃあない。
小さな事務所から自分の目が行き届くこちらへ引き抜いたのも、そこが案じられたから。
だが…間近になって、気が付いたことがある。
まだまだメディアへの露出も少なく、デビューしたとも言えないようなポッと出の身、
普通にしている分には芸能人だ俳優だなんて言わなきゃ判らないほどに地味な子のはずが、
パーソナルスペースぎりぎりという距離に入ると挙動不審になる者が出る。
対象は男女を問わずで、
年配の場合は、おやいい笑顔だねぇとほっこり笑ってくださる程度だが、
同年配でこぼこだとたまにのぼせる手合いが出るという。
「のぼせる…ですか?」
まあ、愛らしい容姿ではあるし、天真爛漫な笑顔は惹かれる者があっても不思議じゃあなかろう。
タレント志望だと言っても遜色はなかろうレベルの風貌と、お行儀のいい態度や人性をしているのだから、
好かれることにも不審はなかろうし、そうでなくてはむしろ困らぬかと
妙なことを言い出す中也にこそ小首をかしげた芥川だったが、
どこか諦めの綯い交ぜになったよな顔になった先輩様は、
あの天真爛漫少年に一体何が起きているのかを説明してくださったのだった。
静かな部屋には優しい空気が満ちており。
今日もいっぱい頑張って、シャワーも浴びたし美味しい夕飯も食べて、
そろそろおネムか、お元気少年がソファーのクッションに埋もれておいで。
一応台本を開いていたらしいが、そのまま胸元に伏せる格好になっており、
もはや半分ほど白河夜船でもあるのだろう。
相変わらずの無邪気さへ、ふふと小さく頬笑んだものの、手元のスマホが静かに震えたものだから、
ハッとすると液晶を見やって…そのまま顔を上げ、
背後のドアに改めての意識を向けつつ、
気づかぬ素振りを通して背を向けたままに、ソファーのほうへと歩みを進める。
ほぼ眠りかけ、身を倒していた敦の傍らに立つと、
柔らかな所作で膝を折り、座面へひじをかけ、腕を置き、
弟分のお顔を間近から覗き込む。
「…ちょっと見せてごらん。」
「え?」
よほどに眠いのか、それともすっかりと甘えている間柄の延長か、
とろとろと眠たげな様子のままで見上げてくる視線をからめとり、
目元、睫毛がくっついてるよと、
上体を倒しつつ そおっと頬に手を添えて、よく見えるよに顔を寄せ、
目を閉じてくれる?と低めた声で囁けば、
それほどに信用もされていてこそだろう、素直に瞼を伏せる彼であり。
まろい頬に触れ、指先で目元をそおと撫でれば、
かたりと
背後のドアの向こうあたりでかすかな音がして。
ちらり、視線を流しつつ、だがまあわざわざそちらを見やることもない。
そうとしたことがむしろ不自然なほど、
パタパタと何者かが慌てたように遠ざかる物音もしたれども、
これもある意味で計算のうちな段取りで。
こちらへ向かってくるようならば、
それこそそれなりの力業で“正当防衛”を繰り出していたまでのこと。
逃げるよに立ち去った誰かさんは、監視カメラにて怪しい侵入からのすべてを収録されており、
逃走という名の帰り道の途中で、
こちらが手配した弁護士事務所の関係者から引導を渡されていることだろう。
あなたの行動は立派な付きまといで、訴える用意があるのだと。
出来るだけ初期の段階でたたむのが最良。
長引かせれば未練も育って、執念を盾に何も怖くないと大胆になりかねぬからで。
『まさかに俺まで居合わせるところへ押し込むほどの度胸はなかったようなので、』
必ず誰かと同座させとこう作戦は成功中。なので、ちょっとばかり罠を仕掛けた。
愛しい敦くんが見たくてしょうがない準ストーカー嬢。
ちょいと思わせぶりなことをして見せれば、
サービスカットのように解釈して意識ごと吸い込まれやしなかろか。
勝手に舞い上がった末にすとんと我に返ったのだろう、
居たたまれなくなり逃げ出したというお嬢さん。
そもそも、撮影現場近くのホテルまで調べ上げている時点でのめりこみの度合いも深く、
このまま放置するのは危なかろうと、早い目に芽を積んだまでだったが。
“なるほどなぁ。”
中也が案じていたのはこのことらしい。
俳優としては駆け出しもいいところ、まださしてメディアへ露出もしてはないというに、
特撮もののファンの、特に行動力があるクチに何故だか追っかけ回される。
距離なしになるような層はまだ出てはないけれど、
スーツアクターとしての活動を始めてまだ半年も経ってはない。
最初の事務所だってただ連絡先をしてもらっていただけのようなもので、
宣伝だとか売り込みだとか、まったくの自力更生だったのだ。
だのに、なぜだか食いつきがよすぎる者が出る。
撮影現場まで足を運ぶ、スタジオの周辺で姿見たさに徘徊し、
出入りの隙をついて声掛けもなしにスマホを向けてくる程度ならままあることという範囲だが、
『気にしすぎかもしれねぇが。』
宿泊先まで突き止めて、何なら盗撮カメラなぞ仕込んだりするのはどうしたものか。
本人があまりに無頓着というか疑いを持たない無防備さなので、
今の段階ではどんな評が出てもマイナスにしかならぬとし、
いちいち拾って強めの抗議をするのも尚早、周りで防御を張るしかあんめぇよと、
消極的ではあるが、誰かが必ずガードに付くという態勢をとることにしているそうで。
ただ、事務所の人間ではどういう事情かを当人に話さねばならなくなるし、
そうともなれば気も休まらなかろと、
日頃は中也がついているのだが、それがかなわぬ時の要員に見込まれてしまったらしく。
まずは知り合いなのだと紹介し、
東京にいるときはよく会ってもいるんだ、
仕事仲間というよりプライベートな付き合いの多い間柄だから、
敦とも会う機会は増えると思う。
そんな風に紹介したところ、
『えと、あの、仲良くしてくださいね?』
初対面も等しく、あのような出会いだった辺りはむしろ警戒されて当然かも知れぬ。
馴染みがないところは事務所の方々以上ではないかと思ったが、
懐っこい性格は芥川をやすやすと受け入れた模様。
気難しそうな、憂いが似合う風貌に相反し、結構世話好きで気も回るところ、
甘え上手な彼とは相性が良かったのかもしれぬ。
そういうことを嗅ぎ取れるところは前世の彼にはなかったなぁと、
そこまで思い出せているあたり、もうすっかりと“再会モード”が定着してもおり、
『恐れ多いと鯱張らないのが思えば不思議なんだよな。』
中也も後になって気が付いたこと。
有名な俳優、言ってみれば大先輩だというに、中也への堅苦しい態度はさして続かなかった。
礼儀は一通り身につけているし、他の大人へはガッチガチなままでいもするというに、
いくら他人行儀はなしだぞと言われたといったって、
それなりにまだまだ一線引いての対応となる交際歴しかないにもかかわらず
年長な従兄か若い叔父へのような態度がすぐにも定着し、
そこがいい素養か、思い上がりもなくの可愛らしい甘えようが周辺の大人たちにも好印象で受け止められている。
お付き合いがあった前世は思い出せないけれど、
そんな恰好で“覚え”があるのを発露しているのかもしれないななんて、
屈託なく付き合えている相性へ、すっかりと馴染んでの心地よく接し合っているあたり
……それもまた、敦くんの蠱惑に取っ捕まってる証拠かもしれませんが。(おいおい)
〜 to be continued. 〜
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*なれそめ編の続きです。
困った魔性が発露しだしてた敦くん。
本人よりもいち早く気がついて対処をとってた中也さんにしてみれば、
芥川さんとの再会は渡りに船だったのかもしれません。(引用が微妙…)

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